ハダカイワシは、なぜ毎晩わざわざ浮上するのか――“食べるほど危ない”海で日周移動をやめない理由

Creatures You Didn’t Expect

ハダカイワシは「深海にいる魚」ではなく、深さを使い分ける魚

深海の魚と聞くと、暗い場所にじっといる姿を想像しがちです。ところがハダカイワシは、多くの種・個体群で夜にかなり浅い層まで上がり、朝になるとまた深く沈みます。腹側の発光で見つかりにくくできるのに、なぜそれだけで済ませず、毎日の大規模な日周移動まで続けるのか。そこに、この魚の適応を体の機能だけでなく、毎日の行動スケールで見る面白さがあります。

この違和感は、実際の映像を見るといっそう強くなります。日周移動を含む中層生物の動きは、海の中で起きる巨大な通勤のようにも見えます。まずはこうしたイメージを持っておくと、ハダカイワシの行動が奇妙な例外ではなく、海の時間割の一部だと見えてきます。

夜の浮上は、たまに起きる習性ではなく多くの種で日常的に見られる

ハダカイワシは深海魚として紹介されることが多いですが、ずっと同じ深さにいるわけではありません。多くの種は中深層に暮らし、夜になると表層近くへ、昼になると再び深場へ移ることが知られています。

この上下移動は、英語で diel vertical migration、つまり日周鉛直移動と呼ばれます。日周移動として見ても、その規模は地球上でも最大級の動物移動のひとつで、ハダカイワシはその主役です。

ここで大事なのは、これはたまに起きる行動ではないということです。多くの種では、しばしば毎晩繰り返されます。しかも、浮上すれば餌には近づく一方で、光のある海では見つかる危険も増える。つまりハダカイワシは、楽だから動くのではなく、移動コストを払ってでも動かないと解けない問題を抱えていることになります。

夜の浅場は餌が濃いが、そこに居続けることはできない

夜の表層付近には、植物プランクトンを食べる小型の動物プランクトンが多く集まります。ハダカイワシにとって、そこは単なる通り道ではなく、食べるための場所です。暗くなった時間帯だけ上がるのは、餌の密度が高い場所を安全寄りの条件で使いたいからです。

言い換えると、深場は隠れやすいけれど、食べ物が薄い。浅場は食べ物が濃いけれど、危険も濃い。ハダカイワシはこの差を、場所ではなく時間で切り分けています。夜だけ浅場を使うのは、そのためのかなり合理的なやり方です。

明るい海では「食べるほど見つかる」という不利が強まる

問題は、餌を食べられる場所が、そのまま安全な場所ではないことです。表層に近い海は、日の出とともに急に見える海になります。視覚に頼る捕食者にとっては獲物を探しやすく、ハダカイワシのような小型魚にとっては不利です。

だから彼らは、夜のうちに食べ、明るくなる前に沈みます。この行動は臆病さというより、時間制限つきの採餌です。食べるほど危ない海で、食べる時間そのものを夜へ押し込んでいるわけです。

ここで見えてくるのは、ハダカイワシが安全と食事のどちらかを選んでいるのではない、という点です。どちらも必要です。ただし同じ場所、同じ時間では両立しにくい。だから移動するしかないのです。

昼は深く、夜は浅くという設計は海の条件のずれに合わせている

この行動を昼は隠れて、夜は食べるとだけ言うと単純に見えます。でも実際には、海の明るさ、捕食者の活動、餌の分布がずれているからこそ成立しています。ハダカイワシは、海を一枚の空間としてではなく、時間つきの立体として使っているわけです。

昼の深場は暗く、身を隠しやすい。夜の浅場は餌が多く、短時間でエネルギーを回収しやすい。移動には一定のコストがあると考えられますが、それを上回る利益があるために、この往復が維持されているとみられます。

つまり、日周移動は反射的な習性というより、海の条件に対する配置換えです。上か下かを選ぶのではなく、上と下を時間差で使う。それがハダカイワシの答えです。

腹の発光器は見え方を調整するが、日周移動そのものは置き換えないと考えられる

ハダカイワシを語るとき、どうしても腹側の発光器が目を引きます。多くの種では、下から見上げた相手に体の輪郭や影を目立たなくする、いわゆるカウンターイルミネーションに役立つと考えられています。たしかにこれは、見つかりにくさに関わる重要な仕組みです。

ただ、ここで重要なのは、発光による隠蔽があるのに日周移動をやめないことです。もし腹の光だけで十分なら、危険な浅場への往復は減ってもよさそうです。けれど実際には、多くの種で日周移動が見られます。つまり発光は、捕食リスクを下げる助けにはなっても、少なくともそれだけで餌のある場所と安全な場所の分離そのものを解消するには不十分な可能性が高いと考えられます。

この点を比較してみると、腹の光と日周移動は同じ問題の二重解決というより、別々の側面に対応した仕組みだと考えられます。発光は見え方を調整し、移動はいる場所と時間を調整する。ハダカイワシは一つの武器で海を攻略しているのではなく、複数のずれに対して手段を分けているのです。

https://www.britannica.com/animal/lanternfish

日常的な往復は無駄ではなく、海の矛盾を毎日解き直す行動である

ハダカイワシの日周移動は、深海魚の変わった習性として見ると少しもったいない行動です。むしろこれは、海が一様ではないことの証拠です。明るさも、餌も、危険も、同じ場所に同じ形では並んでいません。

そのずれに合わせると、多くの種・個体群では日常的に動くことになる。だからこの魚は、腹だけでなく日程そのものを光に合わせています。夜には食べ、昼には隠れる。単純に聞こえますが、その単純さを保つために、日常的に移動のコストを払い続けているわけです。

見方を少し変えると、ハダカイワシは深海にいる魚ではありません。正確には、深さそのものを日常的に使い分けている魚です。発光だけでは足りず、移動コストを払ってでも毎日の大規模な垂直移動を続けるのは、「餌を取りに行くほど見つかるが、深く沈むほど食べられない」という海の矛盾を、そのつど解き直す必要があるからです。深海魚の適応は体の機能だけで完結せず、毎日の行動の組み立てにまで及んでいる。そのことに気づくと、この小さな魚は急に、海を読む達人のように見えてきます。

In this article
ハダカイワシは「深海にいる魚」ではなく、深さを使い分ける魚
夜の浮上は、たまに起きる習性ではなく多くの種で日常的に見られる
夜の浅場は餌が濃いが、そこに居続けることはできない
明るい海では「食べるほど見つかる」という不利が強まる
昼は深く、夜は浅くという設計は海の条件のずれに合わせている
腹の発光器は見え方を調整するが、日周移動そのものは置き換えないと考えられる
日常的な往復は無駄ではなく、海の矛盾を毎日解き直す行動である