生成AIのハルシネーション対策|RAGによる精度向上とビジネス実装の技術戦略

生成AI(LLM)のエンタープライズ利用において、避けて通れない最大の課題が「ハルシネーション(Hallucination)」です。
もっともらしく嘘をつくこの現象は、企業の信頼性を損なうリスク要因として、導入の大きな障壁となっています。
しかし、技術的な現実として、現在のLLMアーキテクチャにおいてハルシネーションを完全に「ゼロ」にすることは極めて困難です。ビジネス実装において重要なのは、実現不可能なゼロリスクを追うことではなく、「発生メカニズムを理解し、アーキテクチャとガバナンスの両面でリスクを許容範囲内に制御(Control)する」というアプローチです。
本記事では、当社が生成AIソリューションを構築する際、どのようにハルシネーションと向き合い、実用可能なシステムへと落とし込んでいるか、その技術的戦略と組織論について解説します。
1. LLMの仕様としての限界:ハルシネーションのメカニズム
ハルシネーションは「バグ」ではなく、確率モデルとしての「仕様」に近い挙動です。対策を講じる前に、その発生原理を正しく理解する必要があります。
ここでは、以下の点について解説します。
- Next Token Prediction(次トークン予測)の確率的性質
- 知識の非可逆圧縮による記憶の補完
1-1. Next Token Prediction(次トークン予測)の確率的性質
まず理解すべき前提として、LLMは「事実」を検索・出力するデータベースではなく、文脈的に最も確からしい「次の単語」を予測する確率モデルであるという点があります。
LLMの出力生成は、入力されたテキストに対し、統計的にスコアが高いトークン(単語の断片)を順次つなぎ合わせるプロセスです。ここには「真実かどうか」を検証するロジックは本来含まれておらず、あくまで「文章として流暢であるか」が優先されます。
例えば、架空の事象について質問した際、LLMがもっともらしい嘘をつくのは、学習データ内の類似した文脈パターンに従って単語を予測しているためです。Temperature(温度パラメータ)を下げることで揺らぎは抑制できますが、根本的な「予測エンジン」としての特性が変わるわけではありません。
したがって、LLM単体に対して「嘘をつかないこと」を強要するのはエンジニアリングの観点からは非効率であり、後述する外部システムによる補完が必須となります。
1-2. 知識の非可逆圧縮による記憶の補完
また、モデルが学習データをパラメータに「圧縮」して保持していることも、細部の不正確さを招く要因です。
LLMはインターネット上の膨大な情報を、ニューラルネットワークの重み(パラメータ)として圧縮・保持しています。この圧縮は非可逆であり、元のテキストを一言一句正確に記憶しているわけではありません。
JPEG画像が圧縮によってノイズを含むのと同様に、LLMも情報の「ぼやけ」を持っています。回答生成時に、その「ぼやけた記憶」の隙間を、統計的に自然な言葉で埋め合わせようとするプロセスがハルシネーションの一因となります。
特定のAPI仕様や法令の条文など、一言一句の正確さが求められる場面で誤った単語が出力されるのは、モデルが概念的な構造は理解していても、識別子や固有名詞の正確な記憶を保持しきれていないためです。
正確性が生命線となるドメインでは、モデル内部の知識のみに依存する設計はリスクが高く、外部知識の参照が不可欠です。
2. アーキテクチャによる抑制:RAGと検証アルゴリズム
ハルシネーションを技術的に抑制するためには、プロンプトエンジニアリングに加え、システムアーキテクチャレベルでの介入が必要です。ここでは、以下の点について解説します。
- RAG(検索拡張生成)におけるGroundingの深化
- CoT(Chain of Thought)と自己検証ループ
2-1. RAG(検索拡張生成)におけるGroundingの深化
現在、ハルシネーション対策のデファクトスタンダードはRAG(Retrieval-Augmented Generation)ですが、単に検索結果を渡すだけでは不十分です。「Grounding(根拠づけ)」の質を高める実装が求められます。
RAGは外部データベースから関連情報を取得し、それを根拠として回答の生成が可能です。しかし、検索システム(Retriever)が無関係なドキュメントを取得すれば、LLMは誤った情報を元に回答してしまいます(いわゆるGarbage In, Garbage Out)。検索精度の向上が直結してハルシネーション抑制につながるのです。
2-2. CoT(Chain of Thought)と自己検証ループ
また、モデルに思考プロセスを強制し、出力結果をシステム内で自己評価させるパイプラインを構築することで、論理破綻を防ぐことが可能です。
いきなり最終回答を出力させるよりも、推論過程(Chain of Thought)を出力させた方が、論理的な整合性が高まることが研究で示されています。加えて、生成された回答に対し、別のLLMインスタンス(または検証用プロンプト)を用いて「この回答は事実に基づいているか?」をチェックさせることで、誤りをフィルタリングできます。
数値計算や複雑なロジックが必要な場合であれば、LLMに直接計算させるのではなく、Pythonコードを生成・実行させ、その実行結果を回答に利用する「Code Interpreter」的なアプローチを採用するのが効果的です。
これにより、計算ミスという形式のハルシネーションを排除します。LLMを単なる知識ベースとしてではなく、外部ツールを操作する「推論エンジン」として扱う設計が、エンジニアリングにおける正攻法です。
3. ガバナンスと運用体制:リスク管理と継続的改善(LLMOps)
どれほど技術的な対策を講じても、確率はゼロにはなりません。システム導入を成功させる鍵は、技術の外側にあるガバナンス設計と、リリース後の継続的な運用監視(LLMOps)にあります。ここでは、以下の点について解説します。
- ユースケースごとのリスク許容度(SLA)とHITL
- LLMOpsによる定点観測と評価データセットの構築
3-1. ユースケースごとのリスク許容度(SLA)とHITL
全ての業務で100%の正確性を求めるのではなく、ユースケースごとにリスク許容度(Risk Tolerance)を定義し、SLA(サービスレベル合意)を策定する必要があります。
例えば「社内アイデア出し」では創造的な飛躍(多少のハルシネーション)が価値になりますが、「契約書チェック」では許されません。我々は業務を「Zero-Tolerance(自動化不可)」「Verification Required(検証必須)」「Creative(許容度高)」の3つに分類し、それぞれに適したパラメータとUIを設計することが重要です。
特に重要なのが、プロセスの中に人間が介在するHITL(Human-in-the-Loop)の設計です。回答の確信度が低い場合には「不正確な可能性があります」とアラートを出したり、ユーザーが「Good/Bad」のフィードバックを行える機能を実装したりすることで、AIはあくまで「Copilot(副操縦士)」であり、最終責任は人間にあるという運用体制を構築しましょう。
3-2. LLMOpsによる定点観測と評価データセットの構築
AIシステムは導入して終わりではありません。LLM自体のバージョンアップや社内データの変化により、回答精度は常に変動するため、LLMOpsによる監視体制が不可欠です。
ユーザーからのフィードバックログを収集し、RAGASやTruLensといった評価フレームワークを用いて「Faithfulness(忠実度)」や「Answer Relevance(回答関連性)」を定期的にスコアリングします。「精度が落ちた気がする」という感覚的な判断ではなく、定量的な指標に基づいてモデルを管理することが大切です。
また、ハルシネーション対策の切り札となるのが、高品質な評価用データセット(Golden Dataset)の構築です。ドメインエキスパートと共に「模範解答集」を作成し、プロンプト修正のたびに回帰テストを行うことで、新たなハルシネーションの発生を防ぎます。
地味な作業ですが、評価データの整備こそが、堅牢なAIアプリケーションを作るための最短ルートです。
まとめ
生成AIにおけるハルシネーションは、技術的な工夫(RAG、CoT)と、組織的な運用体制(リスク定義、LLMOps)を組み合わせることで、ビジネスにおいて「許容可能なリスク」へと変えることができます。
重要なのは、AIの出力を盲信するのではなく、その不確実性を前提としたシステム全体のアーキテクチャを設計することです。
私たちは、単にLLMをAPIで繋ぐだけでなく、企業のセキュリティ要件や業務フローに合わせた「安全で実用的なAI実装」を得意としています。ハルシネーション対策を含め、生成AIの本格導入における課題解決は、ぜひTinyBetterにご相談ください。
