日本の出版社からのCloudflareへの訴訟についてCloudflare側の立場を解説

「ONE PIECE(ワンピース)」や「進撃の巨人」などの人気漫画を無断掲載する海賊版サイトに大量のデータ配信を可能とするネットワークサービスを提供したとして、講談社、集英社、小学館、KADOKAWAの出版大手4社が米国のIT企業「Cloudflare(クラウドフレア)」に計約5億円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は19日、著作権侵害のほう助を認めて約5億円の賠償を命じた。
日本の出版社が起こしたクラウドフレアへの訴訟の論点を整理してみます。今回の記事ではまずはCloudflare側の事情と立場、主張について解説します。それが正しいかどうかはいったんおいておきましょう。
CDNとは?
まずは今回の問題となってるCDNについて解説します。クラウドフレアはCDN(コンテンツ・デリバリー・ネットワーク)というサービスを提供しています。

あなたが毎日見ているYoutubeの動画データがアメリカにあったとして、そのデータを取得するには太平洋を横断する光海底ケーブルでデータを転送する必要があります。

海底に信頼性の高いケーブルを敷設するには当然ながら高度な技術が必要で、多数の日本の企業もこういった事業に貢献しています。
https://journal.meti.go.jp/p/40663/
太平洋を横断するのには光の速さでも遅く、リアルタイムでの格闘ゲームでは「光速は俺らには遅すぎる」といった名言すら出るくらいの距離です。0.1秒ほどの時間がかかります。
CloudflareはCDNというサービスで動画のコピーを世界中に置いてデータへのアクセスを高速化するサービスを提供しています。こういったサービスのおかげで動画や画像などサイズの大きいデータを手元のスマホですぐ見れるようになっているわけです。
海賊版サイトがCDNを活用
今回の裁判ではCDNを提供していたCloudflareが違法な漫画を提供していたわけではありません。Cloudflareは日本にCDN用のサーバーを置いていました。そのサーバーに違法な漫画のコピーが置かれていた、というのが実態になります。
別の例えで言えばアメリカに倉庫(違法なサイト)があり、アメリカと日本を結ぶ道路(光海底ケーブル)があり、日本にも倉庫(CDNサーバー)があって、日本の倉庫には違法な漫画が多数置いてあったというような状況です。

現行法では羽田にある倉庫に誰かが盗んできた車や麻薬などが置いてあったとして、それを持ち込んだ人が罪に問われるのは理解できますが、倉庫会社が賠償金を払うのはどうなんだ?というような話になります。
もちろん倉庫とCDNは違うので同じ判例にはなりませんがイメージはつかめるでしょう。
また倉庫が違法ならば高速道路(海底ケーブルの会社)はどうなんだ?という話にもなるでしょう。これらを違法にしてしまうとサービスの提供が難しくなるためサービスの提供会社は撤退することになります。その結果世界全体が不利益を受けることになります。
Cloudflare側の立場
Cloudflareは世界中の企業が利用するサービスで毎日信じられない量の通信を行っています。

Medium
Discord
Fiverr
Udemy
Canva
といった名だたる会社が利用をしています。
毎秒3億3000万件のHTTPリクエストに応答し、世界中の通信を支えています。
この通信の中には違法なものもあるでしょう。今回の著作権侵害のモノもあれば、もっと酷い内容のモノもあるでしょう。犯罪方法の共有、児童ポルノ、テロの計画、戦争犯罪などといった内容が通信されていることも十分にありえます。見方によっては著作権侵害の通信は優先度的には低いという捉え方もできます。人が死んだり、麻薬で人生が狂ったりするわけではないですから。
これらの通信の内容を精査してダメなものは拒否するというのは言うのは簡単ですが、実際に運営・運用するとなると非常に困難を伴います。特に物量の問題があり人力では全ての通信を確認することが難しいため、AIや機械による判定という形にならざるを得ません。全てを機械的に判定するのは誤りを含むリスクがあるため、ある程度機械で絞ったあとに人力で判定するという二つのやり方をミックスした運営になるでしょう。しかしながらそれでも人のリソースが足りないくらいの物量というのが現実です。
リソースが足りないとなると何を優先して処理するかという話になります。
・戦争犯罪
・テロの計画
・児童ポルノ
・偽情報による他国への干渉(大統領選挙など)
これらの問題よりも著作権侵害が優先される理由を見出すことは難しいです。
Cloudflareは世界中から利用されています。Cloudflareの社員にとっては他国の会社から何か「削除してくれ」と連絡が来てるな、という感覚です。日本人としての例を考えると「インドネシアとメキシコのアニメ会社から削除依頼が来てるけど…」という感じでしょうか。それに対応するとしてその会社がどのくらいの規模の会社か調査し、反社や詐欺会社でないことも確認し、実際にアニメの売上やIPを確認するというのは骨が折れる作業というのはイメージできると思います。
ただ日本のアニメは世界でもトップの知名度を持っています。ネイマールやハリウッドのセレブたちもファンがいる程の知名度なのでもうちょっと特別対応をしてくれというのが日本人としての感覚ですが、Cloudflareからするとそういった個別対応はやりたくないでしょう。
Cloudflareの主張
今回の件に関するCloudflareの主張です。
Cloudflare(クラウドフレア)は、本日、出版社4社がCloudflareに対して提起した著作権侵害訴訟の判決について声明を発表しました。本判決は、コンテンツに中立的なインターネットの「インフラ」であるコンテンツ・デリバリー・ネットワーク(CDN)が日本法においては第三者が運営するウェブサイト上の著作権侵害を容易にしたとして法的責任を負い、多額の損害賠償の対象となり得ることを示しました。
Cloudflareは、当社に対して提起された著作権侵害訴訟における判断を非常に残念に思います。Cloudflareは、この複雑な事案の審理・判断に多大な時間と労力を費やした東京地方裁判所の尽力に感謝すると同時に、判決の結論に対して敬意を表しながらも異議を唱えます。Cloudflareの主張は以下のとおりです。
・CloudflareのCDNは、中立的なパススルー・サービスです:
当社のCDNサービスは、主にデータを配信するものであり、コンテンツをホスティングするものではありません。CDNは、自らがホスティングしていないインターネット上のコンテンツを制御したり削除することはできません。CDNサービスが停止されても、コンテンツはホストサーバーに残り続けます。そのため、問題のあるコンテンツを制御したり削除する能力を有するのは、ウェブサイト運営者とホスティング事業者です。
・技術的媒介者に対する本判決は、世界的に問題のある先例となります:
CloudflareのようなCDNが、ホスティングしていないコンテンツについて法的責任を負うということは、グローバルなインターネットの成長を支えてきた責任制限を取り除くことになります。本判決の判断は世界初であり、日本国内のみならず世界全体において、インターネットの効率、セキュリティ、信頼性にも深刻な影響を及ぼす可能性があります。
・本判決は透明性、公平性、適正手続を揺るがします:
Cloudflareが法的責任を負わないためには、独立した裁判所からの正式な命令ではなく、通知に基づいてウェブサイトに対するCDNサービスの提供を停止することが必要となり、濫用の可能性が大幅に高まります。
・本件は日本の司法がデジタル・イノベーションの促進を支えるかが問われた裁判でした:
本判決は、日本の技術的成長を促進するという立法趣旨とは相容れないものであり、日本の新興テクノロジー企業の技術革新を阻害するリスクがあります。
・Cloudflareは引き続き海賊版対策への協力を惜しみません:
Cloudflareは著作権を重要視しています。透明性、一貫性、衡平性のある解決策を見出すことができるように、権利者や政府を含むすべてのステークホルダーと共に海賊版対策の支援に取り組みます。
Cloudflareは、世界中の数百万の顧客にサービスを提供しており、Fortune 500企業の38%が当社の有料プランを利用しています。また、小規模企業やサイバー攻撃への耐性が低い公的団体も、インターネットの資産を加速化しつつも守るためにCloudflareのサービスを頼っています。迅速で安全かつオープンなインターネットを支える法的原則を守るというCloudflareのコミットメントに変わりはありません。Cloudflareは、オープンで安全なインターネットに不可欠である責任制限の存続を求めて控訴する予定です。
以上
CDNから消せば解決するのか?
まず一つ知っておく必要があるのはCloudflareのCDNからデータを消したとしても、元のサーバーにはデータが残っているという点です。
Cloudflareはこう主張しています。
「CDNサービスが停止されても、コンテンツはホストサーバーに残り続けます。」

表示される速度が数秒遅くなるだけでユーザーが違法な漫画を見れるという状態は改善しないわけです。

無料で見ているユーザーは多少遅くなっても見るでしょう。Cloudflareとしては「我々に言うんじゃなくて配信している奴らに文句をいってくれ」という感じでしょう。
濫用の可能性が大幅に高まるとは?
また素直に削除に応じる形は別の問題を発生させます。これは既にYoutubeやGoogle検索でも発生している問題で削除権利の濫用の問題が起きます。
例えばYoutubeでは似た動画をアップしてる競合のチャンネルを「このチャンネルは違法だ」と何度も通報することでチャンネルを停止に追い込む手法があります。


またGoogle検索でも過去に自社のネガティブな情報を消すためにGoogleのDMCA申請が悪評隠しに悪用された事例がありました。

この事例ではSEOの会社がそのSEOの技術を悪用してGoogleのランキングを操作する、という点で話題になりました。SEO会社がそんなことをするなんてモラルはないのか?ということです。
Cloudflareとしては全ての訴えに対して詳細に調査し適切な判断をする形になるとこれと似た問題が発生することが予見され、どちらの形でも何かしらの問題が発生するのは避けられないと考えています。であればより運営コストの少ない「全ておーけー。チェックはしません」という形が望ましいという判断になります。
まとめ
以上からCloudflareとしては
・チェックしてら濫用する人出てくるよね?
・現実問題、多すぎてチェックするリソースがない
・チェックする基準って難しくない?
・何より消しても状況変わらないよね?
という感じです。
総じて彼らの主張は「我々は中立的なパススルー・サービスを提供してます」という主張です。「倉庫を提供してるだけでその中のチェックなんかまではできないよ、中には違法なものもあるかもだけど、世界中のアクセスが早くなるのは良いことだよね!」ということを主張しています。そして「CDNがなくても犯罪は減らないしね」ということです。出版関係者や漫画を愛する日本人としては納得がいくかは不明ですが、一定の合理性は認めざるを得ないというところでしょうか。
今回は完全にCloudflare側の立場の記事を書いてみました。次回は出版社と日本としての立場からの記事を書く予定です。
