Latest posts

送電網はつながっても、ルールはつながらない 中東・欧州間グリーン送電を難しくする「越境停電時」の政治経済

The Global Current

海底線計画より先に見るべき実現性の論点

北アフリカ・東地中海を含むMENA地域の再エネを欧州へ送る。構想だけを見れば、難しさは海底ケーブルの建設や資金調達、発電容量の確保に集約されるように映る。長距離HVDC、着地点の系統接続、投資回収。たしかにどれも重い論点だが、中東・欧州間グリーン送電の実現性を見極めるうえで、実際にはそれ以前に止まりやすい部分がある。

読者が全体像をつかむ入口としては、まず報道ベースの整理という視点が役に立つ。個別の主張の裏付けには本来、各社の個別記事や制度文書が必要だが、広域送電や相互接続をめぐる論点を追うと、各国が再エネ拡大と電力融通を語る一方で、危機時の扱いには慎重になる構図が見えてくる。

以下は報道の一般的な参照先の一つだ。

https://www.reuters.com

なぜか。送電線は国境をまたげても、停電時の責任は国境の内側で問われるからだ。平時には「相互利益」の話で進められる案件でも、有事には「誰の家庭・工場・病院を先に守るのか」という国内政治に変わる。

ここで共通ルールが曖昧だと、プロジェクトは技術案件ではなく、統治案件へと姿を変える。見た目はインフラ事業でも、実際の詰まりどころは運用ルールにある。

欧州送電系統運用者ネットワークの説明を見ると、広域連系は単なる線の敷設ではなく、運用協調、需給調整、緊急時手順の積み上げで成り立っていることが分かる。MENA・欧州間の構想が難しいのも、まさにこの見えにくい層が厚いからだ。

越境停電時の優先給電が最初の争点になる

電力システムは、平時より非常時に本性が出る。供給余力が十分にある時は、越境送電は市場の延長で回る。しかし事故、熱波、地政学リスク、燃料不足が重なると、各国はまず自国需要の防衛を優先しやすい。

ここで「契約通り送るのか」「緊急措置として止めるのか」が最大の争点になる。問題の核心は、電気を送れるかどうかではなく、足りなくなった時に誰を先に守ると事前合意できるかにある。

この感覚を直感的につかむには、停電や系統障害を扱う映像報道を参照すると分かりやすい。供給が不安定化した瞬間に、市場の論理より安定供給の論理が前面に出やすいことを把握しやすい。

以下は映像報道の参照入口だ。

制度上も、通常時の取引ルールと、系統運用や危機時対応の手順は別レイヤーで設計されている。欧州委員会の電力市場設計に関する資料を見ると、その点が整理しやすい。

越境停電時の優先給電が曖昧なら、輸出国は「国内保護」を優先し、輸入国は「契約不履行」と受け止める。両者の間で法的にも政治的にも摩擦が生じる。

この順番を決める作業は、エンジニアリングよりむしろ主権の配分に近い。MENA・欧州間グリーン送電が難しいのは、その論点を避けたまま前へ進みにくいからだ。

容量権の再配分と補償ルールが採算を左右する

越境送電で見落とされやすいのが、越境容量に関する権利設計だ。誰がどれだけ送電容量を使えるのかという論点でも、EU域内の規制連系線では前日・日中の容量配分に加え、長期の越境容量は多くの国境で金融的送電権として扱われ、常に物理的に「線を使える権利」を意味するわけではない。これに対し、merchant interconnectorでは契約設計が異なりうる。こうした違いは投資採算や長期契約の前提になる。

だが、有事の扱いは制度類型ごとに異なる。EU域内の規制連系線では、CACM、FCA、SOGLなどの枠組みの下で、送電事業者・系統運用者が系統安定や運用安全のために容量削減、再給電、カーテイルメントを行う条件が定められ、firmnessに関する補償の考え方も置かれている。他方、EU外との連系では、同じ水準で共通化されたルールや補償が未整備な場合があり、発電側の障害や受電側の周波数維持の局面で、契約上の権利と緊急運用の優先順位をどう整合させるかがより重い論点になる。

国際エネルギー機関の分析でも、連系線の価値は平時の価格差収益だけでなく、危機時の安定供給機能にも依存する。ただし、その安定供給価値を誰が享受し、誰が費用を負担するかは別問題だ。

https://www.iea.org/reports/large-scale-electricity-interconnection

https://www.iea.org/reports/electricity-2026/grids

欧州の電力市場では、容量配分や混雑管理の枠組みが細かく積み上げられてきた。それでも、単一地域内でさえ制度調整は容易ではない。

ACERの情報を見ても、越境容量の配分、混雑管理、残余混雑への対応、将来容量の配分は、細かな制度設計の上に成り立っている。ましてMENAと欧州をまたぐ場合、契約上の権利と非常時の公共目的が衝突した時、容量権の再配分や返上条件、補償ルールをどこまで事前に決めてあるかが大きな論点になる。

資本と送電会社では許容できる不確実性が違う

ここで面白いのは、同じ「グリーン送電」という言葉でも、プレイヤーごとに案件の見え方がかなり違うことだ。インフラファンドや機関投資家などの資本側は、規制の安定性とキャッシュフローの予見可能性を重視する。

彼らにとって越境連系は、政治リスクをいかに契約で封じ込められるかが中心論点になる。ルールが明確なら大きく張れるが、ルール不確実性をそのまま引き受けるわけではない。

一方、送電事業者・系統運用者・規制当局は、採算だけでなく系統安定と安定供給上の責務も重視する。停電が起きた時に説明責任の焦点になりやすいのは最終的にこうした主体であり、投資家ではない。この非対称性が、同じ案件でも意思決定の速度をずらす。

投資家側の視点を理解するには、企業説明や大型インフラ投資をめぐる報道を参照すると整理しやすい。以下のURLはその一般的な参照先だ。

https://www.bloomberg.com

要するに、民間資本は「ルールが明確なら大きく張れる」と考える。これに対して送電事業者や運用側は、「危機時の裁量を契約で縛られすぎると困る」と考える。

このズレが埋まらない限り、事業計画は美しく見えても、実装段階で止まりやすい。

先行事例が示すのは制度統合にも限界があるということだ

この論点は仮説ではない。先行事例を見ると、広域連系がある地域でも、通常時には系統混雑による価格分離が起きうる一方、危機時には輸出抑制、カーテイルメント、緊急措置をめぐる緊張が生じうる。欧州は世界でも制度統合が進んだ地域だが、それでも緊張は消えていない。

たとえば2022年の欧州エネルギー危機では、フランスの原子力低稼働で同国の輸出余力が細り、周辺国の越境取引の前提が揺らいだ。加えて、同時期のノルウェーでは貯水率低下を受けて電力輸出制限の可能性が公に議論され、域内融通と国内備蓄の優先順位が政治争点になった。共通市場の理念と国内安定供給の要請が、同じ時期に並行して前面化したと言える。

以下の報道サイトは、こうした論点を継続的に追う際の参照先である。

https://www.ft.com

さらに、単一市場の内部でさえ系統制約による価格分断は起きる。送電インフラがあることと、必要な時に望んだ通り使えることは別だ。

こうした市場動向を追う一般的な参照先の一つが次だ。

MENA・欧州間では、この難しさが一段増す。法域が異なり、規制当局も異なり、危機認定の基準も違う。

先行事例が示しているのは、「相互接続はできる」ではなく、「非常時ルールが細かく詰まって初めて相互接続が機能する」という現実である。

前に進める条件は非常時ルールを先に詰めることだ

では、何が整えば前に進むのか。第一に必要なのは、越境停電時の優先給電と緊急時手順を平時から文書化することだ。病院や基幹インフラをどう扱うのか。容量削減や輸出抑制をどの条件で発動できるのか。例外措置を誰が認定するのか。この部分を曖昧にしたまま大型投資へ進むのは難しい。

第二に、越境容量の削減・再配分ルールと補償設計をセットで決める必要がある。規制連系線でのfirmnessに関する補償をどう扱うのか、EU外との連系で何を契約で補うのか。ここが見えなければ、民間資本はリスクを価格に織り込み、案件コストは上がる。

送電事業者によるHVDCの解説を見ても、制度と技術を分けて考えられないことは明らかだ。線を敷くだけでは秩序は作れない。

https://www.nationalgrid.com/electricity-transmission/innovation/case-studies/hvdc

最後に必要なのは、主権の問題を技術用語で隠さないことだ。この構想は、海底線を敷けるかどうか以上に、危機時の電力を誰がどこまで他国と共有できるのかを問うている。

中東・欧州間グリーン送電を検討するなら、少なくとも三つを確認したい。停電時優先給電条項が事前に定義されているか。容量権の返上条件と再配分ルールが明文化されているか。さらに、規制当局間で費用配分と補償ルールに合意できているか、である。

そこで合意できるなら資金はつきやすい。合意できないなら、どれほど魅力的な再エネ資源があっても、送電網だけでは秩序を作れない。

MENA・欧州間グリーン送電の難しさは、配線図の外側にある。線を引く前に、非常時の順番を決められるか。その一点に、この構想の政治経済が凝縮している。

In this article
海底線計画より先に見るべき実現性の論点
越境停電時の優先給電が最初の争点になる
容量権の再配分と補償ルールが採算を左右する
資本と送電会社では許容できる不確実性が違う
先行事例が示すのは制度統合にも限界があるということだ
前に進める条件は非常時ルールを先に詰めることだ